ちいさいひとのいのち。

保育士の友人と少し話をすることがあって、昨今のあれやこれやでいつもより疲弊しているように感じた。
いや、実際、疲弊していると思う。
ただでさえ年度末に向けて色んな準備に追われていたのに。見送る一方で、新たに迎え入れる用意と並行して行う時期だというのに、加えてこのにっちもさっちもいかない現状……。

『本来なら、園と保護者は敵対する関係にないんです。ちいさいひとたちのいのちを守る協力関係になければならないのだから。でも今、それがスムーズにいかないんです。意地悪なんてしたいわけないじゃないですか。その保護者の方の理由も気持ちも分かります。分かるけれど、でも少なくともうちの園は、ただ一人のそのちいさいひとだけのためには在れないから、どうしても……』

友人はそれ以上の愚痴も弱音も吐かなかったけれど、口惜しさやしんどさ、やるせなさに憤り、いろんな負の感情が、飲み込んだ言葉にはきっと渦巻いていて。
ただただ早く収束してよりよい明るいほうへ向かうことを祈るばかり。

大きなことばかりを見ていて足元を掬われてもいかんので、わたしはわたしに出来る、手洗いうがい、栄養と睡眠をとる、ちいさなことを確実に。

暦の上だけでなく、はやく、明るい春が来ますように。
早くまた、行動範囲内にある保育園と幼稚園と小学校に通うちいさいひとたちのキャーキャー元気で賑やかな声と暴れっぷりに顔をしかめたり、行きすぎてることにはコラッ!て云いたいよ。
がんばれ、がんばろう、わたしもがんばる。



ところで「コラッ!(怒)」の語源って、なんだろう?ご存知?